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能を観る会のご案内

 投稿者:河口友彦メール  投稿日:2017年 4月24日(月)10時30分43秒
   2017年4月24日

能楽を観る会ご案内

白門三九会の皆様会名同様の第39回数える今回は, 観世能楽堂が江戸時代より観世座として在った銀座に永遠に近い場所に戻りました元松坂屋跡です。初番能「経正」は平家物語、源平盛衰記等巻七より等の平家の美しき武将の物語、平家公達の霊が琵琶を弾じる修羅物の名曲。 狂言「寝音曲」はズボラな太郎冠者が主人を誑かす何時ものパターン。トメ能は「野守」あらゆる世界を写す水鏡の伝説話共に世阿弥作です。



日時  平成29年6月8日(木) 1時  受付12時(12時半より解説あり)
会場  観世能楽堂 中央区銀座6丁目10番地1号  元松坂屋後Ginzasix B3F
申込,問合せ  白石 紀一 電話、ファックス  049-262-5150
Eメールアドレス:yumenoma17@friend.ocn.ne.jp
入場料    3,000円
締め切り   4月29日 誠に勝手ながら新能楽堂は前より座席数少なく又慣れて居ない
事も有り早めのお申込み宜しくお願い致します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ファックスで申し込みの方は下記記入の上白石宛て049-262-5150にお願いいたします。
   申込書 お名前:
    ご住所:

    お電話:


 

ホームページ移行

 投稿者:望月 富雄メール  投稿日:2017年 4月18日(火)21時56分8秒
  いまご覧になっているホームページは5月1日に閉鎖されます。
新しいホームページの URL は www.39kai.club です。
試しに開いて見てください。
 

入沢氏朗読会のご案内

 投稿者:河口友彦メール  投稿日:2017年 4月15日(土)09時19分12秒
編集済
  5月21日(日)江東区深川江戸資料館・小劇場で1時より開催されます。入場は無料です。
多数の皆様に聴いていただきたいと思います。
 

てるみくらぶ破産

 投稿者:望月 富雄メール  投稿日:2017年 3月27日(月)14時26分11秒
  1月の旅は参加人数不足で不催行となり、再契約した4月2日に出発予定であったモロッコの旅が「てるみくらぶ破産」で消えてしまった。
海外に出てからホテルを追い出された人がいるとの報道に、我々は出発前で良かったと胸をなでおろしているが、損害補償がどの程度行われるかわからないので不安と業者選びの後悔が残る。
今後は業者が返済能力があるか確認しないと安心して申込できないので、監督官庁はそこまでのデータを開示してほしいと思う(大企業でも粉飾決済を行う世では意味がないのかな)。
報道で案内された相談電話は、ずーと話中が続いている。

 

第二の人生を楽しむ会 定例講演会

 投稿者:河口友彦メール  投稿日:2017年 3月16日(木)19時28分41秒
  3月14日 弁護士の清水 洋二氏(法39)に「わが人生の春夏秋冬を回顧し、今思うこと」と題して講演していただきました。
 人生は四季に例えることが出来ると前置きがあり、上京以来の苦難と挫折の学生生活だった青春時代、司法試験に合格し多くの訴訟活動に取り組んだ気力・体力充実の朱夏の時代、更なる充実した白秋の時代、公職につきながら病と闘った「生老病死」再認識の玄冬時代、そして、最後に残された短い冬の時代を有意義に過ごしたいとこれまでの生き様を謙虚に語られました。又、フルマラソン100回完走されていることや母校に対しての熱い思いを最後にお話しされました。とても充実した講演で時間の過ぎるのが大変早く感じました。
        (寫眞/投稿 生田直義氏 提供)
 

[自然死」大賛成!!

 投稿者:本田 哲郎メール  投稿日:2017年 3月 2日(木)22時54分50秒
編集済
   望月さんの「自然死」論、結論を先に申せば、そのご意見に大賛成である。
生きとし生ける者、必ず「死」は免れない。 我々人類といえども、「生物」である限り、この「自然の摂理」に抗うことはできない。

 我々この「さんきゅう談話さろん」の仲間達の大多数も「喜寿」の年代に手の届く年齢になってきているし、なった方もいるであろう。 今も所謂「現役」でバリバリ精進されておられる同輩(同期生)もおられることも承知している。
ただ、多くの同期生は、仕事の現場を離れてから10数年経過している方々が多いと思われる。
いわゆる、大多数の方は人生の黄昏を満喫というか、静かに人生を見直している状況のなかに存在している年代の我々である。
 その時点での感覚の上に立って「自然死」について考えてみたい。

 誰しも少しでも長生きしたいという考えはどなたも持っている。 当人に限らず家族やその周辺の人にとっても同様であろう。
ただ、「食欲がなくなったら、死へのスタートと思い自然に任せてよく苦痛はないそうである」との医師の話は、まさに納得性のある見解であろう。

 我々は人間の一人として、親の下で生を生け、自分なりの「人生」を懸命に生きてきたと思う。 その結果、小生などもその一人であるが、親からの生を受け、成人し、結婚し、子供をもうけ、必死に生活の糧のために懸命に働き、その子供の成長と教育に邁進し、子らの成人と共に、自分も仕事社会から解放されて、人並みの老後の人生を楽しんできている。

 そして、わが国では国民皆入健康保険制度のもとに保険料を払うことで、その全面的な恩恵を受けている恵まれた国ではある。 その庇護のもとに、我々の年代は、窓口支払いは少ないにしても、何らかの病院や診療所と付き合っている(お世話になっている)方が多い世代である。
 その我々が、もし「不治の病」で、闘病の末、「延命措置」を受けても「生」に執着すべきかと問われれば、小生は「否」である。
ベッドに縛られて、自分の意思で考えることもできない、行動もできるはずがない、家族やほかの方々に対して意思の伝達は勿論、ほかに影響も与えられない、もちろんそれまで楽しんだ趣味や興味もなくなっている、いわゆる誰が診ても「植物人間」としか見られない人間に対して、なおも「延命措置」を講ずる必要があるのか?
これこそ、予め、自分が正常である時にこそ、自身で「判断」しておくべきと思われる。

 今の日本の法制では人間の扱いとしては、医師や家族といえども「人間の生」については手を施すことはできない。
しかし、アメリカでも相当に多くの州で、自分の死について、予めキチンとした「手続き」によって、自分の死を選べるシステムが構築されている。
それを今の日本で簡単に法的に改訂することはおそらく困難であろう。
であるとすれば、我々が正常な生活の間に、自分の意思で考えを巡らし、行動もでき、病気であっても人間として生きている間に、自分の家族や周辺の方々に対して、誰が診ても「最期が近い、植物人間」といわれるよいうな状況に陥ったら、無駄な「延命措置」は講じないという宣言を記録に残しておくことが、周囲の家族の無駄な配慮も省けることになると思いわれる。
そのことも、今の法制では拒否されようが、いざとなった時の家族や周囲の方々の判断の基礎にはなることには違いはないと思う。 つまり、「生まれた時は自分の意思でないことは誰も納得できるが、今後はせめて自分の死は自分の意思で決められる世の中であってほしい」ということが、率直な自分の考えである。

 ただ、自分が主張したいのは、それまでの「過程」である。
人生の老境に達すれば、「不治の病」にいつ取りつかれるかもしれないのが、お互いの人生である。  それまでの過程について、自分なりに、充分に人生の黄昏時代をいかに生きるかをどの程度、それぞれの本人が意識し、取り組んできたかが問われると思う。

 自分は決して、円満な周到な人生観を持ってはいないが、自分なりに17年前に帰郷時、これからの人生の目標を10年間ぐらいと思い込み、多くの趣味や自らの興味のあることに挑戦してきた過去があった。
それが10年どころか、今まで17年間も老境を楽しんでいる。現在は「余禄の余禄の人生である」と認識している。  したがって、これ以上、さらに自分の意思に反して、何も生産的なことができない身体になった場合などに、「延命措置」などもっての外である。

 卑近な例であるが、自分は昨年秋、それまで自分の行動の隘路となっていた(歩行困難で好きなゴルフや普通に人並みに歩くことが出来なかった)脊柱管狭窄症の難しい手術を受けたことである。  これは、まだ、何とか「生への意気込み」があり、その手術を受けることの危険性もあったが、それ以上に「人並みに歩ける」ことへの期待感が多く存在したということである。
その後は、施術後のリハビリ(病院の療養士の指導によるストレッチ・リハビリ、温泉プールでのプール歩き、マウンテンバイクによるサイクリングなど)に励んでいる毎日であり、術前よりもはるかに長く歩行が出来るようになってきている。人並みに歩けるという嬉しい結果が待たれる。
まだまだ生きたいという考えがある限りそして、自分の意思で判断が出来る限りは「延命措置」も必要であると認識している。

 お互いに、自分の老後の人生を再度見直して、この「自然死」問題に、自分なりの結論を持ちたいものである。、


 

自然死万歳

 投稿者:望月 富雄メール  投稿日:2017年 2月24日(金)13時37分5秒
   級友宮原聖君の訃報を受け死が今まで以上に身近になったことを感じる。
今、介護施設で仕事をしているが、介護と医師との連携が課題となっている。家で最期を迎えたい人・家族が安心して「死亡診断書」を受け取るためには医師の立ち合いが必要だが、医師の確保が難しいのだ。そこを解決したい。最近は病院で最期を迎える方が多いがここに二つの大きな問題があると思う。「延命処置」と「患者本人の苦痛」。
 延命処置は患者の苦痛を招くことを知ってか知らずかを別にして本人の意思であれば良いが往々にして親族の希望で行われるのではないか。
 医者の話では、食欲がなくなったら、死へのスタートと思い自然に任せて良く苦痛はないそうである。私の妻は25年前ガンで亡くなったが本人の希望で最後は家で迎えた。入院先の医者は退院を認めず、出してきた条件は家の近くに最期を看取る医師がいる事、だった。双方の医師を説得するのに何日も何時間もかかった。でも最後の望みをかなえることが出来て良かったと思う。医師の予想よりはるかに長い時間を家族と過ごし、子供たちと談笑し静かに去った。
 私もその時期がきたら「延命処置」をせず静かに愛する皆と別れたい。
 

外国文化研究会ミャンマー旅行

 投稿者:長峰嘉雄メール  投稿日:2017年 2月20日(月)19時14分45秒
  陸軍墓地。マンダレーからピンウイールトンの植物園に行く途中にあった。
第二次世界大戦の最中、大激戦があった場所。
畑の中、トタン屋根の建物の中にあった。ここは、屋根があったからまだ良い方。
ミャンマー全土には多数のむき出し墓碑があるらしい。
現地の女性が、建立の記念写真と生花を持ってきてくれた。
 

良い旅を!

 投稿者:望月 富雄メール  投稿日:2017年 2月13日(月)15時29分16秒
  ミャンマー旅行の皆さま、こんにちわ。望月です。今回は、一月末にモロッコに行く予定がありましたのでミャンマーには参加できず残念でした。
どの時代でもどんな理由をつけても戦争は醜いものです。勝者はいません。
いい顔の寝釈迦仏ですね。ジャスミンは香りがよくフィリピンではサンパギータとよんで車の中に吊るしていました。
それでは、元気に楽しい旅をお続けください。
 

ミャンマー旅行

 投稿者:河口友彦メール  投稿日:2017年 2月12日(日)10時41分42秒
  外国文化研究会のメンバー7名でミャンマー旅行しています。
今日はマンダレー観光です。
ホテルのwifiを利用して送信しています。
写真は、前日のミッチーナで写したものです。
第二次世界大戦でで亡くなった日本人やミャンマー人を弔うために作られた施設です。
寝半像の前には、ジャスミンの白い花がたくさん献花されていました。
 

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