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加古川かわ下り  余談

 投稿者:良人  投稿日:2014年11月 4日(火)20時58分11秒
編集済
  かわ下り出発の前夜、ひとつの電話がありました。3か所の住所を持つ中高年の男性で、ここではその一つ 三木市のFさんとします。
このFさんは 三木市で河川を再認識する企画ができないものかと模索中のところ、僕たちの新聞の記事を見て かわ下りを見学したいとのことでした。
勿論、言下に了承して 出発地点で待ち合わせる話になりました。

そして出発地点。 神戸新聞社のTさんは来られましたが、Fさんの姿は見えませんでした。
最初の数キロは 徒歩 と話したので、どこか船を下ろす頃に来られるのかと思いながら、とにかくスケジュール通り出発です。

そして隊員の行進する間に、舟が航行できる水深があり、且つ舟を降ろせる場所を探します。
そして何カ所かを検討した結果、青垣町分室 某小学校付近の橋のふもとに決めました。

そして いまや遅しと隊員の到着を待っていると、件のFさんが近づいてきます。面識はないながら、所要ありげな態度からそれとわかりました。

Fさん。早くに出発地点に到着したが、一向に僕たちの姿が見えないので場所が違うのかと在所の方に聞くと、「スタート」での内容の通り 通称の水源地を教えられたのでそこへ行っていて遅くなったとのこと。
そこで若干の 水源の解釈を話したのち、舟の基本構造、大まかな行程を話し、参考になればと 保護者や対外向けの資料一式を渡しました。

そして僕は舟に乗ってかわ下りに専念したのですが、ふと舟から見上げるとFさんの姿があり、また忘れた頃に 遠くにFさんの姿を見るのでした。
「せっかく遠くから出てきたのだから今日は一日 付き合うつもりなんだな」とそう思いました。

そして2日目の順調なスタート、大粒の雨、真夏日の太陽、流れの止まった川。
そして いつも見守ってくれているスタッフを目で探すと、なんとそこにFさんの姿。
「今日も来てくれたんだ」と その熱心さに驚きました。

ところが その翌日も、そしてまた次の日も。
時にはスタッフ同様、安全 危険の合図を送ってくれます。
僕たちに強い関心を持ってくれていることに感謝しました。

そのFさんが3日目の午前。舟で越せない堰で 舟を移動していた時、僕の傍に来て言います。
「舟を見守っていた時、同じく舟を見ている女性と雑談したら『服部さんと同級生です』と言われていましたよ」とのこと。

すぐにピンと来ました。 この辺りは黒田庄地区。
黒田庄地区で同級生と云えば、この辺りに嫁いでいる大隅(旧壺井)智子さんだと判りました。
姿は気付きませんでしたが、どこかから見てくれていたことに嬉しくなりました。

かわ下りも終わった後日、同窓会以来の懐かしさもあって お礼の電話をしました。
実家へ帰っていた戻りの途中、新聞記事で知っていたが いつとも知れないままに舟を見つけたと言います。
「手を振ったら 舟から手を振り返してくれた」とのこと。
「えっ! 僕も乗っていたんやで」
「えっ、 子供だけやなかったん?」

確かに新聞記事では「高校生がかわ下りをする」と書かれていたのですが、数日前に急遽 指導者の乗船を要望する声があって、渡りに舟 とばかりに喜んで乗っていたのです。

「手を振り返したのは もしかして僕かも」
 
 

加古川かわ下り 5日目 ゴール

 投稿者:良人  投稿日:2014年10月27日(月)10時27分17秒
編集済
  最後の難関を通り過ぎました。
あとはもう穏やかな 緩やかなコースを流れて行くだけです。

水量はあるのですが、川幅も広いので流速も実感がなく、先程までの余韻に浸るという感じです。

書き忘れましたが、急流の落差を通過した直後に 件のオール。
私たちの後を流れていたこともあり、我々の舟が一回転する間に追い付いてきたので 運よく拾い上げることができました。

これまでの流れが 増水、急流、濁流であったのに、ここでの流れは至って穏やかです。
それには訳があります。
この先 3キロ前方に、加古川大堰があるのです。
この堰の高さは数メートルもあり、ここに溜められた水は ここより下流 近隣一帯数十万人の飲料水になるのです。

そしてこの穏やかな流れを利用して、レガッタ等の 公認の漕艇場も作られています。
ここは本来 一般船舶は立入り禁止なのですが、特別に漁業組合の許可を取り、また本日が 漕艇場の休場日ということもあり黙認して頂き、ここで上陸しました。

この上陸した時点で まだ11時30分です。
一日の目標距離も17キロと短かったせいもありますが、それだけ流れが急だったことがわかります。
今日の目標は加古川大堰で、大堰付近の上陸が困難のため漕艇場から3キロ 徒歩で向かいます。

この様子なら大堰下流からそのまま明日のゴールを目指せるのですが、地元の友団が明日のゴールに立ち会ってくれるとのことで、ここは我慢して明日に取っておくことになりました。

しかしこれが裏目に出ました。
大堰の上から 明日の船出場所を確認していたのが、なんと翌朝には この高さ数メートルの堰が全開されて、大堰下流は一面の増水 一面の濁流、予定の船出場所も水没してしまっています。
ここ数日の上流での大雨が増水となり、舟はその増水に乗って辿り着いたものの、とうとうここに至って その増水は私たちの位置を追い越してしまったのです。

「どこかに船出場所がないか」と考えるより、躊躇もなく「断念」でした。
それでも せめて川の様子を見ておこうと隊員一同 河口まで車で走りましたが変ろう筈もなく、虚しく今日のスタート地点に引き返すだけでした。

そして気を取り直し初日のスタートの例もあり、これより一同 徒歩で10.5キロ先のゴールを目指します。
大雨による川の増水とは裏腹に、天気はどんどん回復して最早 真夏日です。
川の濁流を横目に見ながら 本来の舟によるゴールを想像します。

そうするうちに いまや遅しと家族やスタッフ 友団が待ち構えるゴール。
拍手に迎えられたゴールですが、案外 別段の感慨もなく むしろ淡々とした思いしか湧きません。
『まぁ こんなものかも知れないな』
祝福を受け 写真を撮ってもらい、感想を述べ・・・あとは最早惰性での流れです。

その惰性の中で いまは遠い日のように思われる 舟の引きずり、寒い雨の中の航行、掛け声をかけたオール、宿泊の闇、濁流に浮き上がる舟・・・


夏は終わりました。
 

加古川かわ下り 4日目 濁流 3

 投稿者:良人  投稿日:2014年10月27日(月)10時06分24秒
編集済
  鉄橋下の濁流を過ぎ しばらくはどんな状況でも穏やかに思える流れに流されていました。
多少の岩場も過ぎたころ、トイレ休憩の指示が出ました。

大粒の雨の中を出発し 小康状態の小雨になったとはいえ、先の緊張と寒さの中 トイレ休憩は有難かったです。
そして 隊員やスタッフの家族も見学に来ている中、大勢と話すうちに40分もの長休憩になってしまいました。
しかし この間の距離 5.5キロ。正味の航行時間は1時間10分。
時速4.7キロ。
安全を考えれば 手放しで誉められませんが、驚異的なスピードです。

そして再びの出発。
ここでも出航すぐに岩場が待ち構えています。
この岩場。本来なら岩場の間の掘割りを通過するか、舟を担いで移動するのですが、この増水で水路が大きく変わってしまっています。

普段なら 中央東寄りを通るところ「東の左岸ギリギリを通れ」との指示です。
そして左岸を目指して進むのですが、出航直後でスピードも出ない中、いきなり流れに負けて 舟の進路中央には岩が見えます。
もともと流れに負けていますから とても岩の上流を回る力はなく、仕方なく岩の下流を通過します。

「さあ! 篠山川みたいに 本気を出せ!」
「このままでは左岸に行けないぞ!」

悪いことには、休憩したのは 左岸とはそれほど離れていない上流で、出航からいきなり対岸の左岸を目指さないといけなかったのです。
出航直後では 当然スピードも出ないので、流されるのも当然だったのかも知れません。

それでも隊員たちは頑張ります。
少しづつオールの呼吸も合ってきて、スピードも出てきます。

本来この船は 安全優先 沈まない舟 として作られています。
スピードを要求するのは無理なのですが、いまはそんなことは言っておれない。
ひたすら 出来るだけ 対岸に近づくしかない。
少しでも対岸に近付くことが荒波を避け 舟の安全につながる。
ただ それだけです。

そして急流に差し掛かる手前で対岸に辿り着き、なんとか水の進行方向に舟を合せることができました。

しかし その先はというと、道路で言えば完全な Lクランクです。
舟の右側は広いのですが、いまの流れよりもっとひどく 岩も落差もあり、舟が横滑りになります。
舟は横向きが最も転覆の危険が高く これだけは避けたいので、あえて岸との衝突コースぎりぎりを進みます。

「さあ来るぞ!」
「岸に当たる直前で 右回りや!」
「その次は すぐに左回りやぞ!」
長い言葉は言えません。

正面の岸の岩が迫った時  「まわれー!」

左列の隊員は 思いっ切り左舷を漕ぎます。
右舷の隊員は 思いっ切り 右舷で逆方向のブレーキ。後進をかけます。

本来なら恐らく曲がり切れていなかったでしょう。
しかし幸いなことに 川の水が岸にぶつかり、その反動の波に乗って 辛うじて舟は曲がります。
それでも手を伸ばせば届く距離に岩があり、スローモーションのように岸の岩が流れて行きます。
堪らず前列の一人が オールで斜め前方の岩を突き 突き放そうとします。

「やめろ!」

一瞬 舟は離れましたが、岩にオールを取られ弾かれます。
この行為は後部座席が危険なばかりか、タイミングが悪ければ本人も川に落とされるので禁止していたのですが、思わず動いてしまったのでしょう。
幸運にも オールを取られたのみで、誰にも被害がなかったことは幸いでした。

しかし この行動に構う間もなく 左回りです。
右列は思いっ切り 前進です。

最後部左列の僕は 舟を急回頭させるべく、オールで岸の岩を押します。
僕の場合は同じ行為でも最後部のため 後部に気遣うことなく、また少し後方を押すため危険はないのです。

しかし この左回頭は流れが速すぎて曲がり切れませんでした。

舟は最悪の横滑りで落差に流されます。
「つかまれー」と言う指示しかありません。

しかし これまでの岩場と違って、スタッフの指示したこのコースは波の荒れの大小ではなく 荒れの長さが最も短いコースだったのです。
この適切な指示のお陰で、この落差を過ぎると あとはもう嘘のような穏やかさに戻るのでした。

最後のの写真 舟の後方の波間には流されたオールが見えます
 

加古川かわ下り 4日目 濁流 2

 投稿者:良人  投稿日:2014年10月27日(月)09時56分1秒
編集済
  遠くに見える白波。
低い視線からの 不確かな判断に頼るしかありません。
極力 白波を避けるのですが、それでも舟は流され 水面下の隠れた岩にぶつかり、思う進路も確保できないまま荒波の中に突入です。

最早、操船は諦め「オールを仕舞え」「ハンドルに掴まれ」「頭を低くしろ」。
それしか 成すすべはありません。
頭は下げつつも 上目遣いに周囲を見ると、眼前の岩や 大きな落差を横滑りに流される 等々。
その都度「衝撃」「掴まれ」、そんな短い言葉でしか間に合いません。

そのうち「前の金具が 外れてる」との声。 隣からも「後も」と。
確かに危険な状況ではありますが、隊員が案外冷静に見ていることにホッとしました。
それでも驚いたのは 右列で前後を繋ぐ2つの金具が、2つとも外れたのには驚きました。
田の字型に並べた4つの舟は それぞれ隣とは2個の金具で、そして前後もそれぞれ2個の金具で繋がり、合計8個の金具で繋がっています。
最低でも 各1か所が繋がっていれば全体の安定は保てますが、1箇所その連結が無くったのです。
本来なら不安定になるのですが、元々4人乗りを 設計変更して6人乗りにした関係で、苦し紛れに 中席は後舟に作り 掴まりハンドルは前舟の後ろに設置されていました。
これが幸いして、丁度 隊員が後舟から 前舟を引付ける形になり、このお陰で 舟の安定は保たれています。
しかし Rの応援に行きたくても この状況では席を立つこともできません。
いまや舟の安全は隊員Rの働きにかかっています。

これを見てそれならばと、揺れる隣の舟に手を掛けて できるだけ舟同士を引付けるようにします。
荒波の中ではありますが、水上のせいでしょうか。案外 力も要らず軽く引き寄せることができます。
これならRも耐えられるだろうと感じました。

そして難関も峠を過ぎたころ、ようやくトランシーバーから「支流との合流点に寄れ」と指示が聞こえました。舟はまだまだ揺れていますが、多少の余裕も出てきて、オールを使ったり 航行しながら外れた金具を留めたりと ようやく一息つくことができました。

思わぬ難関に肝を冷やしましたが、隊員は本当に冷静によく頑張ったと心底思います。


波乱の時にスタッフが間に合わなかったので写真がないのが残念です
 

加古川かわ下り 4日目 濁流 1

 投稿者:良人  投稿日:2014年10月26日(日)17時55分8秒
編集済
  4日目の8月16日は朝から雨。
そして その雨はどんどん大降りになってきます。
予定のスタート地点は増水のため舟が降ろせなくて、下流へ下流へと場所を探して移動するのですが見つかりません。
大粒の雨の中、何度も川岸を確認しては 諦めて下流へ行きます。
そして遂に約6キロ下流の、いまは壊れて無くなった粟田橋跡でようやくスタートすることになりました。

しかし いま振り返れば不思議です。
もし今 この状況が初日のスタートなら 全員が「待機」と判断してもおかしくなかったのでは・・・と思えるのです。
初日で 舟を引きずり、2日目で 大粒の雨に震え、3日目で 大小の岩場の波に揉まれ、 そして今 目の前の濁流。
この濁流を見ても、水が多いな 流れが速いな・・・そう思うのみで、ここ数日の体験から見れば「待機」するほどでもないレベルに見えてしまうのです。
隊員もスタッフも そして僕も かわ下り に取り憑かれていたのでしょうか。
クライマーズ・ハイという心理現象でしょうか。
準備が整うと一抹の不安はあるものの 雨の中スタートを切ります。

しかし、いきなり難関です。
下見では 岩場は通過できれば善し、出来なければ舟を引っ張ったり 担いだりして進むのですが、数日前からの増水で 岩場はすべて「通過可能」です。
いや「可能」どころか、留まることもできず 荒波であろうと通過するしかないのです。

そして遠目に見えるのは 神戸電鉄の粟生の鉄橋です。
その上流から少し下流の 万願寺川合流点までの岩場は承知していましたが、最悪舟を引っ張ることしか想定していませんでした。
そして 遠くてはっきりとは解りませんが、出航直後のこの距離でさえ白波の異様さが感じられます。
昨日の何箇所かでの荒波も 少なからず肝を冷やした事でもあり、またこれまでのスタッフの指示の的確さから、是が非でもスタッフが先行してほしかった。

「舟を漕ぐな!」「スタッフが到着するまで時間稼ぎしろ」「川岸へ寄せろ」と指示します。

しかし 粟田橋が取り壊されているいま、鉄橋付近までの道は 遠く迂回するしかない。

「車でも間に合わないだろうな」と覚悟しました。

写真は 大粒の雨の中 出航場所を探して回る
ようやく見つけた 元粟田橋付近で出航準備写真
出向直後の写真
 

加古川かわ下り 3日目 増水

 投稿者:良人  投稿日:2014年10月26日(日)17時38分39秒
編集済
  2日目、篠山川の横切り終えた後 堰の下から川下りを続行してもよかったのですが、中途半端時間でな微妙なタイミングだったのと、上部団体の役員 近隣の友団の方も来て頂いていたことなので早めですが切り上げることになりました。

そして宿泊のK寺では素泊まりのはずが、お風呂を頂き 食後の果物も頂き、翌朝はお礼と感謝をあとに出発しました。

昨夜からの断続的な雨と 未明の土砂降りが案じられましたが、朝には雨も上がり出発地に着くと 少し流れが速く 水量もやや増えて中洲が少し小さくなっている程度でした。
他のスタッフや隊員が「待機」を言い出すか不安でしたが、誰もが当然のように舟を組み出すので、僕と同じ思いだったことに安心しました。

しかし こちらでは断続的な雨だったのですが、丹波 篠山方面では大きな雨だったとのことで まだこちらに影響が出ていないだけのようでした。
いずれにしても氾濫した川のように俄かに水位が増えるわけではないので、今後の水位に注意しながら出発することになりました。

増水のお陰で 浅瀬で底を擦ることも少なく 岩場を舟を担いで歩くこともなく、そこそこスピードも確保でき もっぱら竹竿での航行と思っていたのが 存外オールの出番が多いようでした。

この頃になると新聞を読まれて「通過は今日ぐらいだろうか」と堤防に出て来られる方々、家族連れで見物してくれる方々が目につくようになり、恥ずかしいような 嬉しいような思いで手やオールを振り返します。
僕たちに気付いた自動車、トラックの運転手さんも手を振ってくれます。

しかし 楽しんでばかりもいられません。
途中の堰では解体して 下流で組んで再開ですが、緯度橋の下の大きな難所 津万灘に差し掛かります。
下見の時でも左岸は 橋の上からも 左岸側からも 死角が多くて目視できないので通行不可。
右岸は確実に大きな落差で通行できず、上陸 分解の移動しかありません。
しかし その上陸の前に激しい岩場があって、更に増水により まるで名所でのラフティングさながらです。
スタッフからの指示で 上陸目標を目指すのですが、流れに負けて少し下流まで流されます。
落差の大きい流れでも舟が正面から通過すれば問題はないのですが、流れに翻弄され 横滑りの形で落差に突入するとさすがに怖くなります。
人間の感覚として 前後の傾斜は怖くなくても、横への傾きは実際以上に恐怖感を覚えるものでした。

闘龍灘は掘割り幅に対して 舟の幅が広過ぎて通過を断念したのですが、先の津万灘 闘龍灘下流の姫滝も予想以上の波に揺られ、よくぞ「掴まりハンドル」を付けていたものと胸をなで下ろしたものでした。

写真は 黒田庄地区 光福寺出発
西脇へそ公園付近 津万灘通過写真
下は  掴まりハンドルの実演写真
 

加古川かわ下り 2日目 難関

 投稿者:良人  投稿日:2014年10月26日(日)01時38分38秒
編集済
  初日は舟に慣れないのと 浅瀬 堰の多さに悩まされましたが、2日目は天候こそ悪かったのですが、穏やかな流れで かわ下り らしい一日でした。
しかし スタートから2日目の夕方。
ここにきて ようやく初めての難関に差し掛かります。

ここは丹波と西脇の市境。
西から流れ来る加古川本流。
東からは水量で劣るとはいえ、篠山市近隣の広範な水を一手に集めた「篠山川」との合流地点です。

普通なら単に川が合流して 水量が増すかスピードが増すだけです。
Y字形で合流する この地点の何が問題なのかといえば、上陸地点が篠山川からの流れを横切った向こう側、つまり合流直後の東岸が上陸地点なのです。

ここを上陸地点としたのは、西岸には整備はされていますが垂直に切り立った護岸で上陸が難しい。
左岸に当たる東岸は低い斜面の護岸整備がされていて、自動車も入いることができる広い河川敷もあるからです。

これだけなら接岸に失敗しても もっと下流で上陸地点を探せばよいのですが、すぐ下流に落差2mを越す大きな堰があります。
篠山川の流れに負けて接岸に失敗した場合、最悪この堰から落ちることも考えられます。

そのための対策として、ある程度 岸に近づくと 舟から川岸に向けて投げるロープを各舟に装備し、また川岸からも 投げ釣り式 による遠投でロープを連結する対策も考えてくれています。

比較的 平地を穏やかな流れで進んできた2日目ですが、それだけに堰がダムのように大きく 同時に水深も深くなって竹竿が使えません。
手作りのオールだけで 合流点とはいえ篠山川を横切らなければいけないのです。
折りしもスタッフからの情報によると 篠山方面に多くの雨が降って、さながら「緑の加古川本流」と 濁った「茶色の篠山川」がクッキリと色分けされているとのこと。
より一層 緊張する自分を感じるのでした。

そしていよいよ R175線が通る井原橋をくぐり抜けると、流れが遅く深い加古川本流から 勢いよく流れ込む篠山川の濁流へと差し掛かります。

僕は「投げ釣り役」のF君の姿を探します。
遠目にスタッフは見えるのですが、F君の姿は見えません。
舟は左岸に上陸するため、最短距離を狙ってあらかじめ北側になる左岸すれすれに進めます。
F君の位置を通信員にトランシーバーで確認させるのですが、水面という低さとカーブの地形のためか 繋がらないまま合流点に突入します。

そのときトランシーバーからF君の位置を知らせてきました。
装備を携え 万が一に備えて 腰ぐらいまで川中に入っているとの知らせでした。
その報告に安心するのと時を同じく 目前に濁流が迫っています。

濁流の少し手前からスピードを付けるために、声を揃え 気持ちも揃えながら全速でオールを漕ぎます。
全速と言っても がむしゃらではなく「イーチニッ、イーチニッ」と オールを深く 長い時間しっかりと漕ぎ切りながらです。
「目標は前方 堤防の木」と舟が押し流されることを想定して、篠山川を遡るほどの進路をとります。
それでも押し流され「白い杭を狙えー」と、次は 堤防にある杭を指示します。
隊員たちも緊張のせいか 全員が心一つ 動きも一つになります。

「これは行ける!」と感じつつも、確実に渡り終えるまで緊張の糸を切らさないために「目標 鉄塔!」と 田んぼの中にある高圧線の鉄塔を目指します。
そしてスタッフの待つ護岸に 無事辿り着くことができました。

戻ってきたF君は 「折角 腰まで浸かって待ってたのに」と笑います。
「使いたかったんかー」と感謝の気持ちを隠して笑い返す。

すべてのスタッフ・・・、 ありがたいことです。
 

加古川かわ下り 2日目 天候

 投稿者:良人  投稿日:2014年10月26日(日)01時32分59秒
編集済
  2日目からは水量が増えて・・・と書きましたが、台風11号が8月10日に通過し、雨はほぼ9日まででした。
それから3日乃至4日後がスタートですから、気を揉みながらも その間に何んとか水量が元に戻ってくれるか、或いは舟の航行を考えれば「多少は増えていても良いかな」と考えていました。

幸いにも ほぼ平常に戻ったのでスタートできましたが、台風や集中豪雨の時期が いま少しずれていれば、この計画も中止の止む無きに至るところでした。
結果的には台風と集中豪雨の間を縫って、辛くも実行できたのです。

天候こそ不順でしたが、流れ的には すこぶる穏やかでした。
ともすれば居眠りをしてしまいそうな ゆったりとした時間が流れ、隊員には この時間 この空間 を体験してほしいと願っていたのです。
なにやら この世の人間は自分たちだけになったような、完全な孤立 隔離された世界にいるような錯覚。 夢の中を進んでいるような気持ち。
こんな感覚に浸れる場所は 社会に戻るとどこにもないのです。

しかし一方 目まぐるしく変わる天気。
晴れれば 真夏の暑さが戻り、激しい雨が降れば寒さに閉口する。
当初の予定では 雨と雷の時は中断して車に避難する予定でしたが、雨だけのこともありスタッフと協議のうえ、「雨は続行」と決まりました。

それにしても 長く激しい雨が続くと体温も下がりトイレも近くなる。
10:00頃のトイレ休憩は 近くの南小学校をお借りし、飲み物用に お湯まで頂き有難いことでした。

その後 再び続行ですが、合羽を着る者「合羽は荷物になる」と大きなゴミ袋に腕穴 首穴を開けて合羽代わりにする者 とまちまち。
それにしても スタッフのアドバイスで全員が揃えたストレッチウェアとスパッツは、日焼けに善し 雨の防寒に善し と大正解でした。
 

加古川かわ下り 2日目 予兆

 投稿者:良人  投稿日:2014年10月23日(木)23時01分10秒
編集済
  翌朝の14日。本来は朝食を済ませて出発するのですが、荷物や簡易シャワーを片付けると時間がなくなり、07:00過ぎ お礼と共にすぐに出発しました。
そしてスタート地点で舟を降ろし、組み立てた後 おにぎりの朝食です。

朝の散歩や出勤の方々が いぶかる中、「新聞を見た」と言って声をかけて下さる方もおられて 有難く思いました。
今回の舟作り当初から 地方紙のK新聞さんが結構 大きく採り上げて頂いて、これまでに 舟の製作段階 試運転、そして初日13日のスタート と掲載して頂きました。

こうやって数人の方たちとスタッフの見守る中、川の冷たい水で体を慣らしてのスタートでした。

昨日の後半と同様 ある程度の水量もあって、ガリガリと底をすることも少なくなり、ようやく かわ下り らしい落着いた雰囲気になってきました。
乗員の一人は通信員を兼ね、先行したスタッフや 見守りのスタッフからの指示をトランシーバーで受けます。

地図を見ると この付近は丹波市でも中心地域で、建物や遠くの景色こそ見えませんが、この穏やかな流れが そのままここが平野部であることを物語っています。
そして この穏やかさに人々が集まり住んだことも、なにやら実感として理解できたように思えました。

所々 川底が岩場らしく、波立つところもあるのですが、水量もあるので大きく揺れるだけで、身体が跳ね上げられる感触はありません。
それでも万が一に備えて、掴まりハンドルに掴まるよう指示して通過します。

川の様子は心配ないのですが、雨が降り出しました。

奇妙な天気で、曇り 晴れ 雨 大粒の雨 空気が冷えて霧が出たり・・・が ばらばらに繰り返されます。

後で知るのですが スタート前の台風11号に続いて、この不規則な雨が この後の「丹波の大災害」の予兆だったとは知る由もありませんでした。
 

加古川かわ下り 宿泊

 投稿者:良人  投稿日:2014年10月23日(木)22時55分24秒
編集済
  今夜の宿泊所は 無人寺の極楽寺。
お寺を管理する方には 事前に了解を得ています。
4泊の宿泊地は いずれも上陸予定付近のお寺で、企画の概要を話して 一夜の宿をお願いしていました。

午後6時から 翌朝7時まで
トイレと 水道を使わせてもらう
雨露除けに濡れ縁を使わせてもらう
食事は 購入食で 火は使わない
蚊取り線香のみ使わせて下さい

とお願いしていました。

そんな関係上 初日の終了が既に6:00を過ぎていて、予定より2.5キロ上流での切り上げになりました。

当初より 指導者の仕事の都合上、ゴールが17日より伸ばすことはできません。
ですから、その日の目標距離が達成できなくても その日は切り上げます。
翌日は切り上げ地点に戻るのではなく、翌日予定のスタート地点より開始する方法をとっています。

いずれのお寺さんも「その程度で良いなら」と 戸惑いながらも快く受け入れてもらいました。
しかし、いざお世話になってみると
暑いだろうからスイカを食べて下さい
蚊が多いから 本堂を使って下さい
家のお風呂でよかったら 入って下さい
等々 温かいお気遣いを頂き 感謝や恐縮することばかりでした。

初日の13日は成松常楽の無人寺のつもりが ご厚意で集会所を使わせて頂き
14日は黒田庄地区の 光福寺
15日は旧社地区の 正覚院
16日は加古川大堰付近の 長慶寺
で お世話になりました。

実は これまでにも大きな野外行事では、こう云ったことは時々経験していました。
そして、ゴミ拾いや奉仕作業で 施す側ではなく 施される側になった方が、その有難さ 感謝 人の情け が遙かに実感できる と考えていました。
それ故、かわ下り という冒険も大きな目標ですが、人と人との信頼 情け を お接待されることで 身を以って感じて欲しいことの一つでした。
 

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