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「ユンボギの日記」を拝読しました

 投稿者:後藤麻衣  投稿日:2018年11月21日(水)23時49分13秒
  塚本勲先生、「ハングル塾つるはし(いこま)」の教室の皆様、初めまして。
「ユンボギの日記」を読んで感動し、検索して、こちらのサイト様を見つけました。

教室の皆様の為のサイトなので書き込みしていいのか迷いましたが、「ユンボギの日記」を勉強されているとの事で、またファンレターの宛先が分からないので、書き込みさせていただきます。

「ユンボギの日記」は内容も悲しいながら勇気の出る大好きな作品です。
この本を持っていることは私にとって幸せです。
多くの読者が「好きな作品だ。」、とコメントされているのも納得です。
塚本勲先生が翻訳なさったから読めるので、とてもありがたいです。
翻訳の文章として、とても美しく、自然で読みやすく、上品で優しい感じがします。

また、当時の韓国の市民生活が分かる貴重な資料だと考えてます。
韓国の市民生活を日本人に紹介した点で、意義深い作品で貴重です。

日記の翻訳は原作者の内面まで想像しないといけないから、翻訳も大変だったかもしれないのですが、当時の塚本先生が、今の私と近い年齢で翻訳なさったことが、凄いです。

いきなり書き込みして失礼しました。これからも先生、皆様、お教室のご活躍、ご発展をお祈り申し上げます。

 
 

火の犬

 投稿者:塚本勲  投稿日:2018年10月30日(火)11時02分12秒
  大村益男訳童話集『火の犬 』を5年ほど読んできましたが、終わりましたので、イ・ユンボク『 ユンボギの日記』塚本勲訳1965年に変わります。大村益男先生に感謝します。  

塚本先生へ

 投稿者:ひとみ  投稿日:2018年 3月 7日(水)12時06分3秒
  お忙しい中、お返事を頂き恐縮しております。ありがとうございました。
李文子先生の事、とても悲しいです。いつも自然体で素敵な方でした。お世話になりましたので、李文子先生には感謝の気持ちでいっぱいです。ご実家が確か奈良で焼き肉店をなさっていて、一度ご馳走になった事があります。
奥田先生もそうでしたが、今振り返りますと、当時の大阪外語大学には、本当に素晴らしい方達がたくさんいらして、そのような方達の中で、青春時代を過ごせた事は、幸運な事だったと思います。
そして、あの時代にハングル語を学んだ事は、とても幸せな事だったと思います。
塚本先生、どうか、これからももっともっとお元気で長生きなさって下さいね。そして帰省の際、お目にかかれる日を心待ちにしております。
 

ひとみさまへ

 投稿者:塚本 勲  投稿日:2018年 3月 4日(日)15時56分18秒
  ご連絡うれしく拝見いたしました。6年前に来られた日のこともよく覚えています。1万円をいただき、驚き感謝したことを覚えています。35年前のことを思い出していただいてありがたいことです。
悲しい話になりますが、しなければなりません。李 文子講師は、亡くなりました。詳しいことは知りませんが、ドイツに行って、結婚していたのですが、数年前に亡くなったと聞いています。朝鮮語辞典つくりや、猪飼野資料室や、それに朝鮮語と日本語の受け身の研究をしておられたことなどを思い出します。亡くなったことは残念で寂しいです。
玉城繁則講師も亡くなりました。あなたに伺ったことですが、奥田講師も亡くなりました。
これらの人たちと一緒に朝鮮語の研究と普及をやってきました。300人以上の人たちと、もう何十年続けてきたことでしょうか。楽しい日々でしたが、厳しく、苦しいこともありました。日本の中に「北」と「南」の対立があることを、身に染みて知りました。
私も年を取って、83歳になって思いますが、これが、人生だったのだと思います。
昨日ネットで、ある人が私が教科書でゲーテの言葉を挙げているというのを知りました。それは「人生の目的は生きることである」の朝鮮訳です。そう言えばその頃は、苦しいときにはよくこの言葉を思い出したものでした。
あれや、これや、そんな話をしたいと思いますので、日本に帰って来られたら、ぜひご連絡ください。
自宅で「ハングル塾(つるはし)いこま」を続けております。朝鮮語と高句麗語と日本語の三者の古い関係を研究しております。
 

李文子先生

 投稿者:ひとみ  投稿日:2018年 2月20日(火)09時45分49秒
  私は35年程前、大阪外語大学でお世話になった者ですが、当時講師をなさっていた李文子先生についてご存知の方、いらっしゃいますか? 今も日本にいらっしゃるのでしょうか? どなたか、ご存知の方がいらっしゃれば、教えて頂きたいのですが。  

塚本勲先生

 投稿者:ひとみ  投稿日:2018年 2月19日(月)11時14分59秒
  塚本先生、御無沙汰しております。
先生には多くのお弟子さん、生徒さんがいらっしゃるので、憶えておいでかどうか分かりませんが、35年ほど前、外大でお世話になり、猪飼野図書資料室でもお当番をさせて頂いた者です。
その後アメリカに渡り、6年前の冬、帰省の際、先生の童話の会に参加させて頂きました。
この6年、私自身は元気そのものでしたが、様々な事が重なり、その後、勉強会に参加出来ず、残念に思っておりました。 最近この掲示板で、図書室の閉室を知りました。
閉室は悲しいですが、あの図書室での楽しい青春時代が今も鮮やかに蘇ってきます。私の大切な宝です。あのような場所と機会を与えて下さった先生に、お礼を申し上げたくて、また、このサイトに戻って参りました。
本当にありがとうございました。
そして嬉しかったのは、今も先生が御健在で、ご自宅にてお勉強会を開いていらっしゃる事です。
帰省の際は、またお勉強会に飛び入り参加させて頂きたいです。
こちらニューヨークは、韓国人の方が本当に多くて、日本でよりもずっと日常的にもハングルを使いますし、私の生徒さんの7割は、韓国系米国人です。ハングルを学んだ事が、こんなにニューヨークで役に立つとは思いませんでした。
これも全て、ハングル語普及の第一人者でいらっしゃる塚本先生のおかげだと思います。この点も、改めてお礼を申し上げたいです。ありがとうございました。どうぞ先生、いつまでもお元気でいらっしゃって下さい。
 

山下 透 さまへ

 投稿者:塚本 勲  投稿日:2017年 5月24日(水)12時08分57秒
  高校生のころを思い出して、連絡していただき、ありがとうございます。
「つるはし室」は閉室し、今は「ハングル塾(つるはし)いこま」として、自宅でやっております。今後とも元気な限り続けたいと思っております。
今も、朝鮮語を使っておられるとのことうれしいことです。
「ハングル塾つるはし」ご苦労様会と「猪飼野セッパラム文庫」がんばれの会を2017年1月に行いましたので、40周年の記念会は行いません。
難しい世界で頑張っています。
今後ともどうぞよろしく。
 

4月7日、11日の投稿者様へ

 投稿者:塚本 勲  投稿日:2017年 5月24日(水)12時02分9秒
  今、厄介な仕事を抱えておりまして、お返事が遅れてすみませんでした。
あなた様が指定された文書を読みました。
私は朝鮮語と高句麗語の研究者で、それ以外のことは知りませんし、わかりません。残念ですが文書についての発言は差し控えさせていただきます。
「朝鮮語と日本語の同系論」については、私の考えはこの掲示板の3月27日(次のページ)に書いています。
他に『日本語と朝鮮語の起源』(白帝社、2006年)という本を出しております。
関心があれば、それをお読みください。
 

猪飼野朝鮮図書資料室

 投稿者:山下 透  投稿日:2017年 5月17日(水)01時05分25秒
  はじめまして。
今年は猪飼野朝鮮図書資料室が開設されてから40周年だと記憶しています。
当時、私は高校生で、家は奈良の鶴舞団地でしたが、学校が鶴橋に近かったので土曜日の帰りに寄ったり、朝鮮語電話講座を家で録音して活用していました。
大学は天理でしたが、ちょくちょくお邪魔して、塚本先生や院生の皆さんにお世話になっていました。
今は横浜に住み、朝鮮語を使って仕事をしています。
40周年記念のイベント等はあるのでしょうか?
 

読んでいたけましたか?

 投稿者:教えてください  投稿日:2017年 4月11日(火)22時18分3秒
  先日の投稿の再記入となります。どうしても塚本先生の感想が聞きたくて投稿しています。
福島さん、申し訳ないのですが、話をご自分の方にふらないでください。
いろいろな意見があるかと思いますが、回答は塚本先生に求めております。

塚本先生よろしくお願いいたします。


http://japanese130.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-b7a3.html

ここに書かれていることは本当なのでしょうか?
日本語の起源は朝鮮半島にあるのでしょうか?

大変重大な問題を含んでおり、上記のブログの感想も含めてお知らせください。
 

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